核の抑止力をこれほど分かり易く理解できる物語はない。
『日本核武装』
戦争阻止にはこれしかない。
中国の尖閣支配、北朝鮮の核配備、形骸化する日米安保――。
最大の禁忌(タブー)に踏み込む、超リアルサスペンス巨編。
尖閣諸島を巡って海上自衛隊と中国の艦船の睨み合いが続く中、国内では日本の核武装に向けた詳細な計画書が見つかった。表沙汰になることを恐れた政府は、防衛省の真名瀬に秘密裏に全容解明するよう指示。真名瀬は計画に携わる大手企業や元自衛隊幹部、政界重鎮を突き止め、核爆弾完成が間近に迫っている事実をつかんだ。そのとき、東シナ海では日中の艦船が衝突。北朝鮮は核実験を実施し、弾道ミサイルが日本上空を通過する……。『M8』『TSUNAMI』の著者、構想15年、戦慄の予言小説!
なんともリアリティのある小説だった。今の日本はまさに「今そこにある危機」であると思い知った。力には力、武力には武力で対抗せねばならないのか。
「人はいずれ死ぬ。俺は神のもとに行き、名は永遠に残る」
「正気じゃない。数十万人の犠牲者が出る」
「誰が正気だと言うんだ。おまえか。おまえだって狂ってる。こんなものを作るんだからな。世の中が狂っているんだ」
日本が核武装するのは難しくはないが…
小説「日本核武装」の著者、高嶋哲夫氏に聞く ——日経ビジネス
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/16/101200023/101400009/
高嶋哲夫『日本核武装』
出版社: 幻冬舎
価格:文庫版上下巻・各648円
頁数:上巻330ページ・下巻365ページ
ISBN-10: 4344427211
ISBN-13: 978-4344427211
原子力の専門家だった著者が描写する核製造のディテール、現実社会とリンクする展開が臨場感にあふれる渾身のエンターテインメント。
日刊ゲンダイ https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/191650
プロローグ
「——現在、大小含めると世界の十か所以上で紛争が起こっています。同じ人間が銃を持ち、命を奪いあっているのです。宗教、政治、資源、領土、理由は様々です。しかし、世界は変わりつつあります」
キャンベル大統領首席補佐官は大きく息をつき、ゆっくりと会場を見回した。
キャンパスの中心にあるハーバードヤードは卒業生と関係者で埋まり、そのすべての目が自分を見つめている。
ある種の高揚感に包まれ、スピーチを続けた。
「冷戦が終結したように、戦いの終わりはいつの日にかやって来ます。きみたちの若い情熱と知性、そしてこのキャンパスで培った友情で平和な世界が訪れるよう、我がアメリカ合衆国政府は——」
その時、キャンベルの身体が大きくよろめいた。
悲鳴とざわめきが会場に満ちる。飛んで来た靴がキャンベルの顔を直撃したのだ。
「ナイス、キャッチ。さすが大統領首席補佐官。顔で靴を受けたぞ」
前から三列目の若い男が立ち上がり叫んだ。
演壇の周りにいた複数の警備員が男に駆け寄り飛びかかる。
何が起こったか分からず一瞬静まり返った場内に笑い声が上がり、怒号が飛び交う。数十のスマートフォンが掲げられ、シャッター音が響いた。
「ペンは剣より強し。言葉は靴よりも強しだ。言論には言論で反撃すべきだ」
キャンベルは鼻血をハンカチで拭うと、笑みを浮かべて余裕を示そうとしたが、顔は引きつり声は震えている。余裕と言えるものではなかった。
「世界が求めているのはアメリカの力や慈悲じゃない。そんな言葉でごまかすな」
靴を投げつけた男は、キャンベルと周りの来賓たちに向かって拳を突き上げたが、数人の警備員に抱えられ会場から連れ出されていく。
「アメリカは自由の国だ。自由は国家よりも尊く強い」
「靴を投げるのも言葉に変わる権利と自由なのか」
会場から声が上がった。
恒例の著名人による祝辞のスピーチが始まって間もなくのでき事だった。
今年はIT企業の若き経営者が招かれるはずだったが、土壇場になってキャンベル大統領首席補佐官に変更になった。現政権の支持率低下が顕著になり、少しでも回復しようとする政治的な力が働いたと言われている。
卒業式の映像はユーチューブで一瞬にして世界中に流される。キャンベルのスピーチでアメリカの威信を取り戻そうとしたのだ。それが裏目に出てしまった。
「この神聖な式典で、このような蛮行がなされるとは、まさにテロ集団が野放しにされている証拠と言わざるをえません。ここは全米を代表する知性の場だ。私はきみたちの先輩として、こうした蛮行を断固許さず——」
「政府の蛮行はもっとひどいぞ。靴の代わりにミサイルだ」
再びヤジが飛んだが、どこからも笑い声は上がらない。
「ここはイカれたヒッピーの溜まり場じゃない。知性と理性の象徴の場だ。西海岸とは違う。きみたちもそれを自覚し——」
「ジョブズのようなスピーチをしろよ。だったら聞いてやる。政治より人生だ。政府の宣伝よりあんたの生き方を語れ」
今度は一斉に拍手と笑い声が上がった。
正面の演壇を囲むように今日の主役である大学院を含めた卒業生、七千五百人余り、その家族や特別に親しい友人、約二万人が集まっている。年代、服装もまちまちで、一見世代を超えた野外コンサートを思わせなくもない。
ハーバード大学の卒業式、それは町を上げての一大イベントなのだ。
「これがアメリカ式卒業式か。さすが、自由と平等と若者のメッカだ」
「知性と行動の融合ってわけだ。若者はこうしてアメリカ民主主義を学んでいく」
「愚かさと衝動の間違いじゃないの。私の国じゃ、あの靴男は残りの人生を狭い檻の中で暮らすことになる。自由をはき違え、知性を踏みにじった愚かなサルとしてね」
三人は声を上げて笑った。
周りの学生たちの視線が集中したので慌てて声を潜めた。
真名瀬、デビッド、シューリンは最後部の席で、眼前で繰り広げられる光景を見つめていた。
「その愚かなサルを支援し、檻から出すように世界に働きかけるのもアメリカだってことを忘れないでくれ」
「左手にバナナ、右手に棍棒と首輪を持ってね。そして、札束を握ってそれを傍観してるのがあなたってわけね」
シューリンはデビッドから真名瀬に視線を移した。冗談めかせて言っているが、その目は笑っていない。真名瀬は思わず目を逸らした。
彼らは二年前、ハーバード大学、ケネディ・スクールで出会った。最初の授業のとき、窓際の最後列の席に並んで以来の付き合いだ。
「ところできみたちは、やはりこの国で働く気はないのか。俺が紹介するまでもなく、二人ともその気になれば年収二十万ドルの仕事が殺到する。なんせ、ケネディ・スクールの首席と二番だ。俺は——やめておく。成績ばかりが人生じゃない」
デビッドは肩をすくめた。
「昨夜、思いついた。三人でビジネスを始めないか。日本、中国、そしてアメリカを股にかけた経営コンサルティング会社だ」
「国に帰る」
デビッドの言葉に真名瀬とシューリンが同時に答えた。
「また、その話か。俺は政府の職員として留学してる。一週間後には帰国して、報告書を書いている」
「お父さんが仕事を手伝えと言って来てる。私もそのつもり」
「分かった。もう誘わない。しかし、必ずまた会おう」
デビッドの二人を見つめる青味がかった瞳が潤んでいる。この一見粗野な男は見かけより遥かに情熱家で純情なのだ。
真名瀬は空を見上げた。彼も滲んだ涙を悟られたくなかったのだ。シューリンだけがいつも通りの冷静な表情で異国での式典を見つめている。
青い空に飛行機雲が白い筋を引いている。真名瀬はその先のものを思い浮かべた。シューリンの黒髪が六月の風になびいている。六月初旬にしては肌寒い風が吹き抜けていく。真名瀬は思わず身体を震わせた。
この式典が終わると各スクールでの学位授与の式典が始まる。
三人は連れだって、自分たちの所属するケネディ・スクールの会場に向かった。すでに大テントの設営は終わっているはずだ。ケネディ・スクールの卒業式は午後から行われる。